
南海本線の浜寺公園駅の下り場内信号の門型(ブリッジ)信号柱が連立工事に伴い撤去されました。通常、信号機は1本柱ですが、ここ浜寺公園の下り場内信号は架線柱のようなトラス構造の門型柱の上に信号機が取り付けられていました。
最近でこそ、浜寺公園駅下りの進路は下り本線と副本線の2つだけですが、昔は最大、5進路があり、門型柱の梁部分に信号機がずらりと並び壮観でした。阪堺線のオーバークロスからもよく見え、浜寺公園駅のシンボルのような存在でした。
この信号は、1907(明治40)年南海鉄道難波・浜寺公園間の電車併用運転開始時、浜寺公園行電車の折り返しホームが設けられました。現在文化財となっている旧駅舎が建てられたのもこの時です。下り線場内信号は本線1進路と折り返し線3進路の4進路となり、信号機が4つずらりと並ぶことになりました。後に副本線ができて5進路となり、折り返し線の一つが上り副本線となり4進路に戻るなど変遷を経て、現在はシンプルな2進路となっています。
折り返しホームは、電車運転が和歌山市へ延伸されたのちも、夏季の海水浴シーズンの臨時電車運転時にはフルに使用されました。南海鉄道の電車運転開始と浜寺海水浴輸送のモニュメントでもありました。
堺市並松にあった梅鉢鉄工所の製造で、大正時代に発行された同社の宣伝絵葉書でもこの信号柱(ブリッジ)が紹介されています。

